Episode08_そしてまた新たな道へ、よく生きる研究所を設立

Contents
  • 新しい物語を求めて
  • 東日本大震災から生まれたスローガン
  • 自分にしかできないことをやる
  • 紹介者と指揮者の役割を手放す
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新しい物語を求めて

CTIジャパンの経営に戻るといっても、現場からは6年以上も離れていたので、状況は以前自分が経営を担っていた時に比べてかなり様変わりしており、自分に何ができるのかまったく自信はなく、勝算もありませんでした。ただ、自分が何らかの理由で今そこに必要とされているのだと信じ、とにかくやれることをやろうと考えていました。

数字の面だけで見れば、CTIジャパンはそれまでの数年間、売上が伸び悩んではいたものの、経営的な危機とまでは言えない状態でした。しかし、必ずしも数字には表れない部分で危機的な状態にあると私は感じていました。それは、強いて言えば「物語の喪失」とでも呼ぶべき状態です。

ある事業が存続し、発展していくためには、それに関わる人たちが共感し、共有できるような物語が必要だと私は考えています。もちろん、物語と言ってもいろいろありますが、その中でも特に「何のために自分たちは存在するのか」に関する物語が必要で、それは自分たちの成長や環境の変化に応じて常に更新し、進化させていかなければならないものだと思っています。そういう意味で、CTIジャパンも創業から10年が経ち、最初の頃の物語はもはやその瑞々しさを失っているように思われたのです。

では、どうやって新しい物語を紡ぐのか? そのためにはその事業に関わる人たちの間で「対話」を重ねるしかないと考えた私は、CEO着任後、とにかく徹底的に対話の場をつくることに注力しました。

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東日本大震災から生まれたスローガン

新しい物語が生まれる大きなきっかけとなったのは、2011年3月11日に起きた東日本大震災と、それに続く福島第1原発事故でした。この出来事は、直接的な被害に遭われた東北の人たちだけでなく、多くの人たちの人生観や世界観を根底から揺さぶりました。

私自身、この出来事によって激しく揺さぶられましたが、その中でも自分を支えてくれたのはこれまで自分が関わってきたCTIやチェンドリ、そしてトランジションなどの活動を通して学んだことでした。中でも、CTIのコーアクティブ・コーチングやコーアクティブ・リーダーシップを通じて学んだものは、自分が直面した状況の中で具体的にどう考え、どう行動すればいいかということについての力強い指針となり、拠り所となりました。

以前から、コーアクティブというのは単なるスキルというよりは、どんな時にも自分らしく幸せに生きるための智恵であると感じていましたが、大震災での経験を経て、その想いがさらに強くなりました。そして同時に、それをより多くの人たちに、しかも速く伝えていかなければならないという切迫感を強く感じるようになり、そこから「コーアクティブをより速く、より遠くへ」というスローガンが自然と生まれてきたのです。

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自分にしかできないことをやる

ちなみに、今回CTIジャパンの経営を担うにあたっては、自分にしかできないことをやろうという想いから、自分がそれまで関わってきたチェンドリやトランジションという2つの市民運動を通して学んだことを最大限に活かすことを心がけました。大震災の直後に立ち上げた「プロジェクト311」では、ある民間の災害支援団体に協力する形で、東北の被災地にコーアクティブ・コーチングを学んだ人たちとともにボランティア支援に入り、コーチングにとらわれないコーアクティブな関わりを被災地支援活動の中で実践することを試みました。

また、「コーアクティブ会話術」という約半日のプログラムを開発し、コーチングには必ずしも関心があるわけではないけれども、よりよいコミュニケーションやよりよい人間関係を求めている人たちに対してもコーアクティブ・コーチングに含まれる普遍的な知恵を届けられるようなしくみを仲間とともにつくりました。

プロジェクト311で被災地を訪問/コーアクティブ会話術の風景
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これらのことは、コーチングという枠組みを超えた取り組みであり、その中にはこれまでタブー視されてきたことも多く含まれていましたが、「コーアクティブをより速く、より遠くへ」というスローガンに象徴される新しい物語に従って、やれることは何でもやろうという気概を持って精力的に進めていきました。

こうした取り組みの影響もあって、2011年の後半には、CTIジャパンを取り巻くエネルギーは明らかに変わり始め、参加者数や売上など目に見える指標にも反映されるようになってきました。もともとCTIジャパンの経営に復帰するにあたって、ずっと続けるイメージはありませんでしたが、2012年の年が明けた頃から、自分がCTIジャパンにおいて今回果たすべき役割は果たし終えたのではないかという感覚が強くなり、ちょうど大規模なプログラムの改定作業が完了した同年の6月に、再びその経営から離れることにしたのです。

CTIジャパンの仲間たちと
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紹介者と指揮者の役割を手放す

思い返せば、2000年にCTIジャパンを立ち上げてからの12年間、私はコーアクティブやチェンドリ、そしてトランジションといった海外で生まれたすばらしい取り組みを日本に紹介するという「紹介者」の役割を担ってきました。そして、それらを紹介するにあたっては、会社やNPOといった形で事業を立ち上げ、それらを運営するという「指揮者」の役割も担ってきました。ここでCTIジャパンの経営から再度身を引くにあたって思ったのは、「もうこの2つの役割は手放そう」ということです。

そして、今後はこのような生き方をしてきて気づいたこと、学んだことを自分なりの形で整理・統合して、興味を持ってくれる人たちに伝えていきたいという想いから2012年末に「よく生きる研究所」を設立しました。そして、折しも同じタイミングで完成した藤野の新居をベースに、心機一転して、再び新しい道へ踏み出すことにしたのです。

例によって、次は何をしたいという具体的なイメージはありませんでした。しかし、これまでの人生で経験してきたことは、すべてこれからやることの準備であるという考えにもとづいて、今の自分だからこそできること、今の自分にしかできないことを再び模索する日々が始まったのでした。

榎本英剛

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Key Message これまでにやってきたことは、すべてこれからやることの準備である
Next Step_興味を持ってくださった方へ